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7月29日 訪問客の多い庭逗子海岸がやっと見えるほど空気が靄っている
海水浴客はこの夏一番の人出 楽しそうな声が混ざって聞こえてくる この家の南側に海岸は見えるのだが
その海岸を見下ろせる台形型をした庭がある。 その半分以上が義兄の努力で苔に覆われている 毎朝夕、義兄はリハビリを兼ねての落葉掃き。 その庭には中心に桜の古木、
紅葉がその横に、崖になる縁に樟(たぶのき)が2本、桜の木があり それを紫陽花の垣根がつなぐ。 離れのほうには池、崖縁には樟の大木、椋(むく)の木が鬱蒼と茂っている。 これらの木は春に鳶の人たちにかなり枝を切ってもらったのだが
まだまだ切らなければならないようだ。 その庭に、キジバト数羽。リスは数え切れないほど。
スズメ、メジロ、ウグイス、シジュウガラなどの小鳥に、大群で押し寄せるムクドリ。 変わったところではコゲラ(きつつき)とチョットコイチョットコイと鳴くコジュケイ。カラス、トンビ。それに四、五匹の野良猫に狸。 今朝も大鉢の中の睡蓮の鉢が水の中で倒れていた。 多分これはいたずら者の洗い熊だろう。 それに義兄が目の敵にしているモグラ。
それに何匹かわからない蛇、書庫、駐車場がある上の庭にはマムシもいる。 そういえば今朝2センチほどのヒキガエルを見た、 これはこの春、池でオタマジャクシだったやつだろう。 それに、ミケッチと新太朗が
早朝の散歩をするようになった。 モグラでも捕ってくれれば
義兄に感謝されると思うのだが。 画像は昨日撮った、ヒマワリの種を食べているリス。
トウモロコシが好きなキジバト。 それに今朝撮ったミケッチと新太朗の早朝の散歩。 7月28日 彫刻展2展薄曇りの蒸し暑い朝
逗子海岸にはかなりの人出、児童への水泳教室が行われているようだ。 今朝も、ミケッチと新太朗は庭の散歩に出て
ミケッチは30分ほどで戻ってきた。 新太朗は庭を悠々と歩き回っているのを義兄が見つけ
インターフォンで新太朗が出ていると知らせてきたが 今日は出しているので心配しないでよいと妻が答える。 その後1時間ほどで戻り、
閉まっている母屋の台所の網戸の外で雄叫び 戸を開けると飛び込んできてゼイゼイと息をしている 何かあって走って帰ってきたのかな。 一昨日は葉山の棚田を撮影後、
そのあと神奈川県立近代美術館葉山に <アルベルト・ジャコメッティ――矢内原伊作とともに展>に行った。 痩身というより線に近い人物が主作品の彫刻家。 美術館は葉山の海に面しているので人気が高い。
海が眺められるカフェテリアに食事だけによる人もいる。 妻は先日大学時代の旧友と行き、展覧会の内容を話してくれていたので、ぜひみたいと思っていた展覧会。
会期は7月30日までと終了が近いこともあって、 かなりの入場者の数だったが、開場は広々としていて混雑はなし。 気持ちよい時間が過ごせた。 昨日は妻と鎌倉鶴岡八幡宮の敷地にある、神奈川県立近代美術館鎌倉に行き、連日の美術鑑賞。
催しは<エドゥアルド・チリーダ展>。 妻はスペイン滞在中にサン・セバスチャン、スペインでこの彫刻家の大作を見ているので 小さな彫刻作品、ドローイングが多いこの展覧会にちょっと不満。 しかし、この天才彫刻家は2002年の8月に78歳で生涯を閉じたのだが
この展覧会での最新作が2000年なので晩年まで旺盛な制作活動を行っていたことがわかる。 この2日間は改めて制作活動に対して、真摯に向き合うことの大事さを思い知らされた。
画像は――葉山の棚田/近代美術館葉山・空・山/暑い陽ざしを避けている新太朗/ 近代美術館鎌倉横の蓮池。 7月26日 やっと夏の光が浜に逗子海岸に寄せている波が夏の光に白く輝いている
久しぶりの晴日。ミンミンゼミの声も聞こえ、夏が来たと感じる。 ミケッチと新太朗は目下庭に出て冒険中。
先日も意図的に出したら1時間ほどで戻ってきたので 今日も戻ってくると確信している。 しかし心配になり上の庭に行くと
ミケッチは書庫のブロック塀(これは一昨年築いた)の上で毛繕い。 新太朗は駐車場で私のバイクをクンクン。 桜の木の枝で雉鳩がクー・クー・ッカッガーと鳴き
池の周りをクロアゲハ、シオカラトンボ、オニヤンマが飛び回り 池の中ではメダカが気持ちよさそうに泳いでいるように見える 部屋の窓はみな網戸、涼しい風が通り抜け
高い湿度が気にならない。 天気が良いだけでこれだけ気持ちよく過ごせるのだ。
画像は、樟(たぶのき)の枝を走り回るリスを見上げる翔子
7月25日 河童忌今にでも雨が降ってきそうな空模様
青空を見ない日が続き、 逗子海岸のライフガード諸君はさぞくさっていることだろう 「鬱になりそうな天気ね」と妻が言う、同感。
昨日は谷崎潤一郎の誕生日で、
キーボードで複写した『陰翳礼賛』のことを書いたが もう一冊複写した『侏儒の言葉』の作者芥川龍之介の命日『河童忌』だった。 最晩年作の作品にちなんで命名されたという。 享年39歳、作品を考えると信じられないほどの若さだった。
この作者は余りにも有名で、説明の必要がないが
彼の名前を冠した文学賞を受賞することは文学作家になるための必要条件のようだ。 故義父もずいぶん昔に受賞している。 作品『河童』は青空文庫からダウンロードしているのだが、まだ未読。
しかし、『侏儒の言葉(岩波文庫)』は昨年5月3日から一日平均2ページほど複写し、 6月9日までかかっている。 この箴言、苦言、の中には ● 人生はマッチに似てゐる。重大に扱ふには莫迦々々しい。重大に扱はなければ危険である。
という有名なのもあれば、猫に関しては
● われわれの恬然とわれわれの愚を公にすることを恥じないのは幼い子供に対する時か、――あるいは、犬猫に対する時だけである。
と、子どもはいないのだが、猫に関しては思い当たります。
昨日の朝日新聞夕刊・素粒子に
芥川龍之介逝って79年<河童忌や長引く梅雨の水たまり> ――時彦 とあり、まさに今年の長い梅雨を詠んでいる。 画像は昨日午後1時半に撮った逗子海岸、と『侏儒の言葉』文庫本の表紙に使われている芥川龍之介が描いた河童。 7月24日 陰翳礼賛 (いんえいらいさん)薄日が差していたがまた雨がぽつりぽつり
逗子海岸は潮が引いて広い砂浜に人影はない 昨日はレイモンド・チャンドラーの誕生日で
今日は谷崎潤一郎の誕生日。 これはこのところ入力している本、『一日一文』英知のことば 木田元編 岩波文庫。で紹介される名文でわかったことだ。 谷崎潤一郎の『陰翳礼賛』(中公文庫、1995年9月18日改版発行)は随筆六点が収録されている。そのなかでも表記の「陰翳礼賛」はデジタル時代には考えさせられる。
特に私のようにコンピューターを使って画像制作をしていると、余りにも明確、ぱっきり、シャープ、濁らない色などが当たり前になってしまう。 この「陰翳礼賛」で述べられているような、日本独特の文化の表現の仕方が失われるのではないか、という疑問で読むだけではなく、ブラインドタイピングの練習も兼ねて昨年全文を入力した。
数年前の天声人語でも記されていたが、『一日一文』にも記されている部分をここにも引用する。
「……諸君はまたそういう大きな建物の、奥の奥の部屋に行くと、もう全く外の光が届かなくなった暗がりの中にある金襖や金屏風が、幾間を隔てた遠い遠い庭の明かりの穂先を捉えて、ぼうっと夢のように照り返しているのを見たことはないか。その照り返しは、夕暮れの地平線のように、あたりの闇へ実に弱々しい金色の明かりを投げているのであるが、私は黄金というものがあれほど沈痛な美しさを見せるときはないと思う。……」
画像は離れの暗いロフトの中でのミケッチ 7月23日 レイモンド ・チャンドラー雨は止んだが対岸の桜山がかろうじて見える
逗子海岸には海水浴客は見えないが散歩をする人が何人かいる 今日はアメリカのハードボイルド作家、レイモンド・チャンドラーの生まれた日。
彼は1888年生まれだから118年前のことだ。 彼の作品、長篇7点は何回も読み、原書でも読んだ。
彼の原作で映画になった作品は
『さらば愛しの人よ-Farewell, My Lovely』が3回
『長い眠り=The Big Sleepと高い窓=The High Window』2回 その他に10本近い映画ある。 その中で、ロバート・アルトマン監督、エリオット・グールド主演の『長いお別れ』の冒頭シーンで、赤虎の猫ちゃんに食事を与えるシーン以外は覚えていない。
そ のシーンは猫の好きなブランドの空き缶に、嫌いなブランドの中身を入れてごまかそうとするのだが、猫ちゃんはちゃんと分かって食べない。
しかし、この映画、原作とは程遠い話運びで、レイモンド・チャンドラーファンとしては
がっかり。 しかも、私はこの原作が一番好きなのだから。 この作家について、『レイモンド・チャンドラーの生涯』という600ページ近い分厚い早川書房出版(1981発行)の本がある。
作者はフランク・マクシェイン、訳者は清水俊二氏。清水氏はレイモンド・チャンドラーの本の訳他、また、米・英映画の字幕の膨大な数の訳をなさった方だから、ご存じの方もあるかもしれない。
この本の訳者のあとがきに私が出てくるのだ。
もう清水氏もお亡くなり、許可を得ることもできないので、勝手に抜粋する。
かなり長いし、決して自分の自慢話と取らないでほしい。 28年前のニューヨークにこんな日本人がいたのかというぐらいで読んでいただきたい。 --------------------
レイモンド・チャンドラーのこと 清水俊二 1978年の夏、ニューヨークでトシという日本人の写真家に会った。"エスクワイア" や "コスモポリタン"(雑誌)の仕事をしているプロ・カメラマンで、芸能人にも人気があり、ダイアン・キートンはいつも彼にポートレイトを撮らせている。(2度だけです)
私がトシに会ったのはレイモンド・チャンドラーがなかだちだった。いきなりこうしるすと、なんのことか、おわかりにならぬだろうが、トシがチャンドラーを早川書房の訳書で読んでたちまちファンになり、訳者の私がニューヨークに来ていることを伝え聞いて、できたらぜひ会いたいという希望を私に伝えてきたのである。
トシの希望を私に伝えたのは当時まだ宝塚にいた室町あかねだった。あかねはニューヨークでバレエの勉強をしていて、日本人仲間の集まりでトシに会い、トシにすすめられてチャンドラーを読み、トシと同じようにファンになっていた。
私はこんなわけで、ある日の午後、室町あかねとずっと南に下ったところのアパート(スタジオ)にトシを訪ねることになった。たまたまニューヨークで遊びに来ていた真帆志ぶきもいっしょだった。
電話で知らせてあったので、トシは私たちを待っていてくれて、挨拶だけで辞去しようと思っていたところ、夕方遅くまで話がはずんだ。ニューヨークのジャーナリズムとショウビジネスの世界で仕事をしているカメラマンの話だから、何時間聞いていても聞き飽きないのである。そして、これがすべて、チャンドラーのなかだちであると思い、いかにも奇妙であった。……
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――このあとも私のこと、他のレイモンド・チャンドラーに関連した話が続くのだが省く。
私が日本に一時帰国したとき、まだお元気だった清水氏から赤坂でうなぎを御馳走になったことも懐かしい。この時は暑い夏の日。
もちろん、この『レイモンド・チャンドラーの生涯』は清水氏からのサイン入りのプレゼントで私の宝物一つ。
清水俊二氏については、フリー百科事典ウィキペディア(Wikipedia)参照して下さいhttp://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%B8%85%E6%B0%B4%E4%BF%8A%E4%BA%8C
画像は清水氏に会うことができたキャット、ちょっと行儀が悪いかな。 7月22日 やはり花火は木の影だった明るい曇り空、逗子の浜には海水浴客がちらほら
学校も休みとなってもっと人出が多くなるかもしれない 椋鳥の大群が庭に飛んできて鳴き声でうるさい
湘南FMを聞きながらこれを書いているのだが
ペリー・コモのブルースカイのあとにドリス・デイの歌が流れている。 どちらもアメリカの50年代の大歌手。 昨夜の花火大会は雨は止んだが、やはり森のむこうに花火が上がり木立の合間から見るということになった。
この森は市の保存林だが市の財政上の問題かもしれないが何の手も入れない。
自然保護の意味でももう少し手をかけると良いと思う。 急な崖地なので、飲み物のボトルを捨ててあるのが見えていても拾いにゆくのにあぶないので残念ながら放置している。
昔はほとんど人が通らなかったのだが、犬の散歩、ハイキングなどで歩く人が増えた。 と言うことは残念ながら日本では塵が増えることになる。 公共マナーの悪い先進国の日本です。
画像は私の部屋から超望遠レンズで撮った離れの翔子と、森の向こうの花火。
7月21日 雨の中の花火大会!?雨に煙っている逗子湾、今日はここで花火大会の予定
雨で明日に順延すると思っていたが、決行するとのアナウンス アナウンスは市の防災無線放送から。市の案内、選挙の投票推進などにも使われるようになった。
また、行方不明の認知症老人の情報が流れるときもある。 昨日は、免許更新の免許証受け取りだが、私は最初の更新なので講習を受けなければならず、市の東側にある商工会館まで妻の車で送られて行った。
免許証更新の講習なのに駐車場がないという、おかしな行政。 その後、近くにある東逗子の駅から、横浜に向かった。
東逗子の駅は何回も横須賀などに行くたびに通っているのだが 利用するの初めて。 駅名の標識板が昔のままの懐かしいスタイル。 さて花火大会だが見られるかどうか、
いつもこの家からは木の影になって花火の光が見えるだけだったが 今年からは離れを改造したのでそこの窓から見られるかもしれないと 花火好きの妻は期待している。 今までは、鎌倉の花火大会が徒歩5分で見られる場所に住んでいたので
毎年花火大会を堪能できた。 しかし、ミケッチは花火大会の音が雷と同様大嫌い
果たして今年の花火ではどうなることやら。 画像は花火の音が嫌いなミケッチ。 7月19日 スイレン開花激しい雨で逗子湾がやっと見える
もちろん、海水浴客は皆無でマリンスポーツの姿もなし。 祭り、祭の後片づけ、町興しのホームページ制作などでこのブログを4日間休んでしまった。
その間、蝉の鳴き声を聞いたのだが、昨日からの雨で聞こえなくなった。 太陽が照らなければ蝉は鳴かない。 一昨日に大鉢に植えたスイレンが開花した。
蕾が水の中に二つ見えていたので、もうそろそろだと待っていたのだ。 昨年は、姫スイレンを植え、花がつかず残念な思いをしたが、今年はハッピー。 そのなかのメダカたちも元気で花の下を泳いでいる。
猫達は全く無関心。
ところで、スイレン、睡蓮か水蓮か。いろいろ調べた結果。
睡蓮は小学館の国語大辞典、Wikipedia、その他の辞書にも表記されているが 水蓮の文字を表記したものはなかった。 和名は未草と言い、これは花が未の刻(午後1時から3時頃)に開くからとのこと。 午後4時過ぎると花がしぼみ蕾に戻る。 観賞用睡蓮はエジプト辺りが原産で、
あのスマートな猫アビシニアンも クレオパトラと睡蓮を見ていたのかな 似ているが蓮とは種類が違うこともわかった。
したがって、蓮根の収穫は残念ながら有り得ない。 画像はその睡蓮の花。
7月14日 43分に1ゴール強い日差しの下逗子海岸には海水浴客がちらほら
約一カ月間W杯観戦のため深夜早朝に起きていたので
体の時間がまだそのままでいる もともと起きたいときに起きるように鍛えている?ので
めざまし時計、携帯電話でのアラーム無しで起きられる 昨夜も2時に目が覚めると窓の網戸から月の光が差し込んでいた
昨日横浜に行ったときにKIOSKで買った
英字新聞International Herald Tribune + The Asahi Shimbunに面白い記事があった。 SportsセクションでBob Smaal氏がW杯2006の総評をユーモアたっぷり、ちょっぴり辛子を効かせた文から少し紹介 約6,260時間の競技時間に147得点。ということは約43分に1得点とのこと。
実際はそうではないのだが。たしかに得点が入らない試合が多かった。 また、日本チームの柳沢ががら空きのゴールに得点できなかったのは、<特別な才能を必要とする>と。
また、日本チームがチーム・スピリット賞をもらってよいと。何故かというと中田英寿以外の選手は夏のドイツ旅行2週間を、顎足付き(我々はタダ旅行のことをこう呼ぶ)をエンジョイしたのだから(ノウテンキ賞とも言える)。と
その他ジーコ監督もかなり辛辣なことを書かれている。
これは私の私感、フランスのジダンの頭突きは、大きな人種問題となり尾を引きそう
画像は早起きに付き合って日ノ出を眺める新太朗
7月13日 恐るべき記憶力逗子海岸がだんだん広くなっている
干潮のピークが12時半ごろなので今は引き潮の最中 英語では an ebb tide と the high tide。 ニューヨーク在住の時、ロングアイランドでよくボートで釣りに出たが、この潮の満干の時間が大事。
ロングアイランドの釣雑誌には、細かく各地の潮の満干時間が記してあり、そのタイムテーブルを覚えていなければならない。 それがなかなか…… 昨日、鎌倉・東慶寺の前住職・井上禅定老師(本年1月95歳で没)が鈴木大拙氏の思い出を語ったDVDを妻と一緒に観た(妻のPCだけがDVD再生ができる)。
録画当時、老師は91歳、インタビューアーは日本語のきれいなカナダ人男性。 彼が、老師にいろいろなエピソード尋ねる。 そのことに関して、明解に答える老師の記憶力に驚く。 鈴木大拙氏が亡くなったのが40年前のことだから
普通の記憶力では薄くなっているはずなのに。 内容は禅の話を中心に鈴木大拙氏のアメリカでの生活
東慶寺のその当時の住職・釈宗演氏のアメリカでの鈴木大拙氏との交友など。 鈴木大拙氏はアメリカ人女性・イザベラさんと結婚後、
日本に帰国、鎌倉・円覚寺内に住む。 奥さんのイザベラさんが、近所の野良犬、野良猫を拾ってきては世話をした。 その写真が紹介されたが、20匹ほどの犬がイザベラさんの周りにいる。 奇篤な方だったらしい。 妻が、「父が鈴木大拙さんと会談をしたとき、通訳はオノ・ヨーコさんだったのよ」と。
鈴木大拙氏、イザベラさんの前では英語で話されていたらしく、 しかし、義父も英語が堪能、通訳は必要ではなかったらしい。 妻と私は義父のことを、かげで「生き字引」と呼んでいた。
恐るべき記憶力をもった人々がいるもんだ。
画像は3匹の中では一番記憶がよいような翔子
7月12日 大潮逗子海岸は水際が普段より60メートル以上沖側にある
朝6時頃には海の家近くに波が寄せていた 昨日が満月だったので今日は大潮、潮の干満の差が大きい。 陽ざしは強くなり、本格的な夏が近づいている雰囲気。
翔子は夜に出たいと騒ぎ、妻を何回も起こした。
新太朗は普段通り夜中に雄叫び ミケッチも網戸越しに外を見つめている 朝の芥出しの時、門の近くでマムシにあった
いつも庭の桜の木株にヒマワリの種を食べに来るリスが来ない 自分は何も感じられないのだが、動物たちは何かを感じるのか
今日は、禅書を英訳し海外に禅を紹介、広めた、鈴木大拙氏の命日
「霊性的生活から遊離した美は、ただそれだけのことで、それ以上には何の意味をもたない。」
彼の著書『東洋的な見方』から 妻が義父母の施餓鬼に出て、お寺からもらってきた
DVD「井上禅定、鈴木大拙先生を語る」を見ることにしよう 画像は霊的なものを感じているとは思えないミケッチの寝姿2態 7月11日 夏本番かなあ逗子海岸は夏の光にはコントラストが弱い陽がさしている
雨の天気予報だったようだと思うが 湿度が高く、空気が重たい 朝、妻が塀に沿ってプランターに植えた夕顔のために
芽が上れるようにネットを張ったが 着替えるのがめんどくさいし、シャワーに入ったばかりで 大丈夫と短パンで作業をしたが その間に5個所ほど蚊に刺され痒い痒い ブログを休んだ土、日でウインブルドン、W杯ドイツ大会
地域の夏祭りが終わった。 夏祭りのほうはまだ納めという行事と、山車を小屋に仕舞い、 広場のテントの撤収が残っている。 寝不足、泥酔、二日酔いと毎年反省のない行状。
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7月7日にCOOさんのブログをみると 彼女が<バトン>を受け取り、フンフンと読んでいくと
最後に<故エビセンとトラ>のマーマにこのところはトンペイ君の臨時マーマと私にバトンを渡すと書いてある。ギョ、ギョ。 8年前からe-mailをはじめ、その頃はメル友はほぼニューヨークに住んでいる友人が多く、これらの友人がよく英語ではチェーンメール(繋がっているからだと思う)をくれた。
本気になって、二本の指で英作文して、さてこれを誰に回そうと悩んだものだ。 今回は辞書も要らず一応10本の指で入力できるのだが
やはりそれなりの時間が必要だ。 さて、私のバトンは
1、回してくれた方の印象はどげんたい?
♀・(^_^)v・♪~好き
2、周りから見た自分はどんな子だと思われとっと? 子というにはあまりにもひねているが
(*^_^*)・(-_-;)を繰り返している人
3、自分の好きな人間性について5つ述べんしゃい。 (^_^)・(@_@)・(?_?)・(^-^)・(^^)/
陽気・興味の対象が多い・疑問点を残さない・ニコニコ・猫好き
4,反対に嫌いなタイプ。 △・●・(-_-)・_(_^_)_・m(_ _)m
とんがっている奴・腹黒い奴・陰気・すぐ謝る奴・猫嫌い
5、自分がこうなりたいと思う理想像とかあると? もう遅いのですが、宇宙飛行士
6、そんな大好きな人5人にバトンタッチ!(印象つき) (^^)/~ 嫌われたくないので私がアンカーとします。
画像は新太朗の夏です 7月7日 七夕・Star Festival逗子海水浴場に先日の大波で打ち上げられた海草も
ブルドーザーなどで片付けられやっときれいになり 今週末の人出に備えているが、天気がいまいちの模様 今日は七夕だが、陰暦では今日は6月12日で
織姫(Vega)と牽牛(Altair)は天の川で(Milky Way)まだ会えないのだ 陰暦の7月7日は陽暦の7月31日だ。 Vega は五番目に明るい星で、Altairは11番目に明るい星
(もちろん太陽、月は省いて)
この物語の起源は中国で、時は古代とだけか分からない。
この頃には夜の天空は今では信じられないほど星が輝き それを見て物語を育むことができたのだろう。 7月10日まで休みますので
短冊代わりに、昨日目まぐるしく変わった天気のなか、庭で撮った画像を並べます いつも来る雉鳩の1羽、桜の枝にとまって雨に濡れている
上の庭の姫檜扇水仙とクロアゲハ
門から玄関への階段途中の紫陽花
南側の垣根の萼紫陽花
大鉢の中の亀の浮き、スイレン、メダカ(見えにくいかも)
大鉢の中の金魚の浮き、スイレン、メダカ(見えにくいかも)
今年も咲いてくれた6年目のカーラ
網戸越しの妻と翔子
7月6日 Q・S・Final逗子海水浴場には黄旗が掲げられて
遊泳注意のサイン、ま、誰も泳いではいないが。 朝から目まぐるしく変わる天気、今現在は薄日が差している 猫の目のように変わる・ともいう 一昨日、横浜中区で薄暮の撮影、
ライトアップされた橋を撮るのだが、 カメラを構えて橋の欄干の灯りが点くのを待つ これが結構長いというよりも長く感じられる。 随分前に薄暮の鎌倉駅を撮ったことがあるが
この時は12月、寒い思いをしながら日が暮れていくのを 待つのは辛かった。 今回はTシャツでも心地よい気温で
待つことが辛いことはなかった。 帰宅後、いつもよりも遅い就寝というよりも仮寝。
というのはテニスの全英オープン・ウインブルドン大会テレビ観戦のため。
テニス4大大会でこの大会だけが、コマーシャル無し無料で見られる。 (一応受信料は払っているが) この夜は女子シングルス・準々決勝で英語ではQuater Finalと呼ぶ、
その後、午前四時からW杯2006ドイツ大会の準決勝、ドイツ対イタリア この準決勝を英語ではSemi Final。もちろん決勝戦はFinal 昨日ついに積もる寝不足、過労で午後はベッドの上で過ごす。
しかし、9日の夜にはウインブルドンでは男子シングルス決勝。
日付は変わるが4時からW杯はイタリア対フランスの決勝。 しかも、土地のお祭りが8日は宵宮で夜9時頃まで山車をひっぱり
9日は本祭り、朝から山車を引っ張って町を練り歩く。 いろいろなFinalが重なる。さて体が持つと思うかね新太朗君。
画像は外を見物の翔子(出たいという気持ちが滲み出ている) 7月4日 白いアオダイショウ_26月23日が逗子海岸の海水浴場開きだったが、
それ以来の初めての泳ぎたくなるような夏の陽ざしだ。 ニューヨーク在住中は今日は祭日で働かない日、アメリカ独立記念日だ。
1976年が独立二百周年祭(Bicentennial)だったので、ことしは独立230周年祭となる。 が、あの時はベトナム戦争が大きな犠牲を払ったが前年に一応終結したので、 皆がこれから平和になれると、盛大に祝ったが果たして今年はどうか。 内外問題だらけで、イラクでは解決の糸口さえ無いというのに
また、また、イラン問題。まさに要らん問題なのに。 考えると気分が悪くなるので気分直しの話
昨日、いくつかの用事を済ませた後、
いつも行く、町の反対側のペット用フィッシュを売っている店で メダカ30匹と布袋草6株を購入。 メダカは数が多いほど繁殖が期待されるし、
白いアオダイショウも目移りするのでないのかと 全く非科学的根拠から。(もし狙っているとすれば) 布袋草は冬を越せない一年草なのだが
夏から秋へと、どんどんと株が増えて薄紫の花が咲く。 ゆらゆらと揺れながら池を周るのは見ていて癒される。 新太朗の夕方の散歩。増えたメダカ、布袋草には興味が無く
昨日白いアオダイショウがいた辺りをこわごわクンクン
画像はその新太朗
7月3日 白いアオダイショウ昨日西風が強かったので逗子海岸には大量の海草が打ち上げられた。
海水浴客はいなく、一艘のウインドサーフィンが海水浴場の東側に。 逗子の海水浴場は環境省が選んだ<快水浴場百選>には漏れた。 昨日はわが家の猫達の故郷で前住居の小坪の須賀神社祭礼の用意を手伝った。
地域の広場が猫達の暗黙のサンクチャアリになっているのだが これから2週間、山車が置かれ、集会所のテントが張られて 猫達は厄介者となるが、しかし夜はだいじょうぶ。 帰宅し、W杯の早朝観戦を回復するための昼寝
定番になった夕方の新太朗を縁側散歩。 新太朗池の縁に生えているアイビーに鼻を近づけてクンクン すると突然、50センチほど垂直に飛び上がって、 鉢をひっくり返して私の方に逃げてきた。 よほど何かに驚いたらしい、百足かと思い近寄ってみると
蛇がするすると池の中に潜り込んでいった。 長さは1メートル以上の立派なベージュ色に近い白い蛇だ。 色、頭のかたちからするとマムシやヤマカガシの毒蛇ではなさそうで一安心。 今朝WEBでいろいろ調べて、青大将の白子(アルバイノ)が私の出した結論。
一昨日、北側のハゼの木に蛇の抜け殻がひっかかっていたので
変なところで脱皮したものだと思っていたのだが。 この辺にはマムシもいて、私は二度ほど道で会っている。
この家に以前住んでいた、セントバーナードのブースケは マムシに噛まれて大変だったと妻は言う。 私は夏場は、木、竹の伐採は行わないことにしている。
――君子危うきに近寄らず―― 水に潜った蛇を20分ほど待っていたら、濾過ポンプの排水口の横に頭を出した。
携帯電話カメラで撮ったのだがあまり鮮明ではない。 メダカを狙っているのかと心配したが
その蛇のまわりをメダカが泳いでいるのでだいじょうぶなようだ。 池から生えている植物のように、少しも動かずいたが
夕食を食べている間に消えていた。 その夕食中、新太朗はいつも庭を通り抜ける
黒白のぶちの野良と網戸越しに目が合い大騒ぎ 夜にはいろいろな夢を見るのではないかナ。 画像は鮮明でないその白蛇(矢印の先の白いもの)
7月1日 ピース・マーク2006年の後半の第1日は曇天
それでも、逗子海岸には海水浴客がちらほら見える ほぼ毎朝、猫達に朝食を与えるのは私だ
2階の寝室から約60歩あるいて離れの台所に行く ミケッチは必ずついてくるが、新太朗は気分次第 メニューは考えて並べている缶の順序で与える
プルトップのもあれば缶切りを必要なものもある 足許でうるさくいうのがミケッチ、新太朗が来ているときは 翔子は自分の部屋の日本間で待つ 缶を開けて三等分するときに
思い出すのはピース・マークだ 下に画像を付けたので ああ、このマークかと思い起こす人もいるかも知れない 私はこのマークが並んだベルトを 思いっきり裾の広いベルボトムのパンツに通していた。 Tシャツもいくつか持っていたし バッジ、バッグその他にもついていた。 今はあまり落書きなどでこのマークを見かけなくなったのだが
前の住居と今の住居の間に大崎公園という湾に突き出た見晴台がある この見晴台の地面に直径2メートルほどのこのピースマークが描いてある。 この見晴台に住み着いてた可愛い2匹の野良のために
カリカリを毎日持っていったものだった そのカリカリのお裾分けから
家に住み着いたのがミケッチ、6年前の夏のことだった。 このピースマークは元は円を三頭分したもので
<Eternal Nuclear Disarmament>意味は<永久核武装解除>だった。 いつのまにかに今のピースマークになった。と、あるサイトに記してあった。 猫の缶から平和を考える日
画像はこのところミケッチのお気に入りの階段の途中
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